折り紙×風呂敷×テクノロジー=ORISHIKI。開発者、インダストリアルデザイナー川本尚毅の軌跡【INTERVIEW--1/2】

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東京・銀座の三菱電機イベントスクエア「METoA Ginza」では現在、N&R Foldings代表、インダストリアルデザイナーの川本尚毅氏による家電を使ったインスタレーションアートが展示されている。(6月14日までを予定)テクノロジーがアートや伝統、文化と結びつき、新しい価値を創造・発信する場所として誕生した「METoA Ginza」はオープン1周年を記念し、川本氏の代表作品オリシキ(ORISHIKI)とのコラボレーションクラッチバッグも限定販売を開始。3月31日の記者発表会ではイメージキャラクターを務める女優杏とのトークセッションで、その魅力について大いに語られた。

川本氏はこれまで、国内有名ブランドとの共同でクラッチバッグを制作、スプツニ子!など世界的アーティストとのプロジェクトにも数多く携わるなど、多方面での活躍を見せる。3月18日に開催されたtiit tokyoのショーでは、ORISHIKIがランウェイデビューを果たした。また、チームの一員として参加したGoogleとJaxaとの共同プロジェクト「KIBO SCIENCE 360 」で折り畳み式VR宇宙ヘルメットを設計・デザインし、ADFEST2017のモバイル部門でグランプリをチーム受賞したばかり。

全ての活動の軸となっているORISHIKIシリーズとは、折り紙のように折りたたみながら風呂敷のように包みこんで持ち運べるケース。平面を立体にする日本の文化と、デジタル時代の新しいものづくりの手法を融合させた完成系がORISHIKIなのだ。2Dと3 Dを自由に行き来するような無二の仕組みは、デザイン性の高さだけでなくアイディアにこそ真の価値を感じる。ORISHIKIには、道半ばで挫折しかけるも、決して諦めずにその価値を信じて歩み続けた川本氏の軌跡が詰まっている。

ーーまずは、簡単な経歴から教えてください。

生まれは広島県呉市です。高校は医歯薬理工系に進む生徒の多い進学校だったのですが、自分は医学部に進むつもりはなく、美術が得意だったことと建築に興味があったことから、造形大学へ入学しました。建築志望ではあったのでが、いざ建築となるとスケール感がピンとこず、興味がインダストリアルデザインへと変わっていきました。当時はデザイン事務所でアルバイトをしながら、現代アートを支援するためのNPO法人AIT(アーツ・イニシアティヴ・トウキョウ)でデザインのお手伝いもしていました。AITには海外アーティストとの交流の機会が多く、なかでもイギリスの大学院を卒業した方やイギリス出身の方との出会いがきっかけで、大学卒業後留学へ行くことにしたのです。

全く英語ができなかったのでまずは語学学校へ通ったのですが、慣れてくると段々生活が退屈になってしまっていたので、目的を見つけるためにRCA(ロイヤル・カレッジ・オブ・アート)というアート系の大学院を受験してみました。インダストリアル・デザイン・エンジニアリングコース(現在のイノベーション・デザイン・エンジニアリング)で学び、卒業制作として発表したのがORISHIKIです。

fendi

ーーORISHIKIのコンセプトについて詳しく教えてください。

ORIは折り紙の「折り」、SHIKIは風呂敷の「敷」と◯◯式など方法を表す「式」を組み合わせた造語がORISHIKIです。風呂敷のように物を包み込みながら、荷物としての機能を果たす全く新しいコンセプトの鞄のシステムです。平らな状態であればA3ファイルと同等の大きさなので収納にも便利で、商品を発送する際も輸送コストや倉庫のコストを削減可能。また、フレームにはアルミなどの金属、マホガニーなどの木材など多様な素材を使用することができ、表情も変化します。フレーム素材に伝統工芸である漆を採用したORISHIKIも制作し、最新技術と伝統技術を織り交ぜた無限の展開を期待できると考えています。

2009年に誕生し、2012年にはORISHIIKIを自動的に生成できるシステム、ORI-CONというソフトウェアを開発しました。これは、包む対象物の計上・形を3Dスキャンで読み取り、それに合わせた大きさや三角形の数を自動的に計算して専用のORISHIKIが形成できるというもの。ORISHIKIはバッグの名称ではなく、システムとして認識して頂けると。

当初、量産を念頭に置いてデザインしましたが、まだそこには至っていません。3Dプリンターで出力したとしても、その後に研磨したり樹脂で繋ぎ合わせたりと手作業が必須なために、販売価格が30万円程に跳ね上がります。現状はオーダーメイドのみで受注を受けていますが、量産に向けて少しずつでも前進していきたいですね。

ーーORISHIKIのコンセプトやデザインはどのように、いつ生まれたのですか?

イギリスでの生活やRCAで学んだことがORISHIKI誕生の背景にあります。RCAでは何かを生み出す時、他の誰でもなく“自分”が創ることの意味や持ち味を生かして創作することを求められました。製品を裏付ける根拠やストーリーがないと、単位取得も認めてもらえなかったほどです。

卒業制作に取り組んだ時、まずはスーツケースを作るという案があって多くのアイディアを出したのですが、教授を納得させられるほどのものはなかなか出ず…。改めて自分のルーツである日本を客観視し、折り紙や風呂敷の折る・包むといった特有の文化が面白いなと感じ、技術とアイディアを使って応用すれば全く新しいプロダクトを生み出すことができると思いました。ある時、A4の紙をクシャクシャと包んでできたシワを見て、「このシワをトレースして強度もあれば包んで持ち運べるケースとして形になるのでは」とヒントを得たのです。そこからリサーチや練り直しを幾度と重ね、最終的に壁紙の一部を切り離して旅行に持って行けるというコンセプトの元、ORISHIKIのスーツケースが生まれました。物を運ぶ役割だけではなく、パーソナルな空間を移動させることができるアイテム。

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「ORISHIKI」のスーツケース

卒業後も、ORISHIKIに興味を持ってくれた企業からたくさんお声を頂いたんですが、生産には至らず。理由はいくつかありますが、まずは作るのが果てしなく大変なこと。工場にORISHIKIの部品を開発できる技術がなかったり、今ある商流に乗って生産できるのであればいいが、資金を出して研究して時間をかけて生産するといったリスクを負うほどではなかったんですね。ものすごい速度で動くファッション業界では、“時間をかける”ということは難しいんだな、とその時実感しました。

また、リーマンショックが起きて世の中の空気がガラッと一変。当時は海外のメディアにもたくさん取り上げてもらい、多くの人に会い、プロジェクトも立案はされたのですがリーマンショック後にほとんどが頓挫してしまい、気持ちの浮き沈みも激しかった。

約2年間ロンドンでフリーランスとして活動していましたが、不況の影響も大きく、ビザの関係でどうしても帰国しなければならなくなりました。どうしてもORISHIKIを諦めたくなくて、一度ついた火を絶やさないでくれと言ってN&R Foldingsを立ち上げて、パートナーであるロドリゴに託してロンドンを後にしました。なんとか世に出したい、なんとか続けたられないものかと努力していましたが、なかなか思う通りに運ばず日本に帰国した直後は苦しい時期でしたね。


後編へ続く。

《ELIE INOUE》

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