宇野亞喜良、“絵の奥にある背景の記憶”--2/2【INTERVIEW】

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宇野亞喜良の描く、耽美的で抒情的な世界は、多くの人々を魅了してきた。歌人で劇作家の寺山修司もその一人だ。宇野は、寺山の舞台や宣伝美術、印刷物のイラストやアートディレクションなどを担当し、共に時代をつくってきた。

数々の作品の背景には、どのような体験や記憶があるのだろうか。子どもの頃の思い出を含め、当時の空気や、受けた影響について、さまざまな話が飛び出した。


■「少女性」のイメージの共有

――宇野さんが、少女の絵を意識的に描くきっかけになったのは『For Ladies(フォーレディース)』(新書館)という寺山修司さんの手がけていた、若い女性を対象にした絵本のシリーズだと聞いています。

昭和20~30年代、中原淳一さんという人が、『ひまわり』『それいゆ』という、少女たちを対象とした雑誌を発行していました。この雑誌を妹が購入していて、僕はその雑誌をよく読んでいたんですね。僕の「少女」のイメージとの邂逅は、実人生というよりは、むしろこの雑誌の中で起きた気がします。

その後、寺山修司さんが昭和39~40年に、『For Ladies』という小冊子のシリーズを企画して、声をかけてくれました。若い女性を対象に、寺山さんが詩を書いたり、読者投稿詩を編集し、私がアートディレクションとイラストレーションを担当しました。

――寺山さんとの仕事はどのようなものでしたか?

寺山さんはアンダーグランンドな演劇を手がけ、前衛的な俳句や詩を書いていたので、抒情的なものには興味がないのかと思っていました。しかし『For Ladies』で寺山さんが書いた文章は抒情的で独創的でした。

当時、「アメリカの『セブンティーン』という雑誌に使われているピンク色がとてもきれいだ」と、寺山さんにいったことがあります。ピンク色には猥褻なイメージがあり、馬鹿にされそうでしたが、僕は少女性を象徴する美しい色だと思っていた。だから「ピンク色って、いいでしょ」っていったら、「ああ、桃色ね」って、独特の言葉が返ってきました。

――寺山さんの意外な言葉ですね。

寺山さんは1957年の処女詩集『われに五月を』の扉や本文のカットを、『それいゆ』などに絵を描いていた鈴木悦郎さんに依頼していました。女の子の心をくすぐる才能が、寺山さんに備わっていたのですね。のちに中原淳一さんのご家族と話をしていた時、寺山さんは『ひまわり』『それいゆ』の編集部に詩を投稿していたと聞きました。採用には至っていないのですが、意外に特殊な少女をターゲットにした出版物が好きだったんだと、合点がいきました。

――寺山さんは宇野さんの絵をどう見ていたのでしょうか。

1967年に寺山さんは「天井桟敷」という劇団を旗揚げするのですが、僕には声をかけず、横尾忠則さんをスタッフに入れてチームをつくりました。その時思ったのは、僕を入れると少女相手の抒情的なものに見えてしまう。前衛というのは、もっと尖っていないといけない。甘すぎず、もっと辛口のことをやりたい。そういう寺山さんの分析は当たっていたと思います。僕の本質をよく理解していて、いわば宇野亞喜良批評を、寺山さんは展開したのではないかと受け止めています。

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天井桟敷「星の王子さま」


■忘れられない風景の数々

――子どもの頃からずっと覚えている記憶はありますか?

敗戦直後には、リアルでナンセンスは記憶がたくさんあります。バラックの窓から、ある時母親が外を見ていたら、向こうから浮浪児がやってきて、キョロキョロあたりを見渡しながら、何かに瓦を被せて隠して去っていった。母親が瓦をどけてみたら、大きな鯛が一匹出てきた。たぶん夜中にこっそり戻ってきて、ひとり鯛を焼いて食べようと思ったのでしょう。

母親はその鯛をぶら下げて帰ってきて、ひさしぶりにお頭つきで鯛のご馳走を食べました。父親がぶつぶつと母の不道徳を攻めましたが、「それくらいで餓死するほど気弱な浮浪児じゃあるまいし」と。その豪胆で無頼な生き方、女性のエネルギーというか、精神のたくましさに胸を打たれましたね。

――社会道徳ではなく、ご自分の規範で生きていた。

戦時中の疎開先でも、ルールとして食べ物は持ち込み禁止でしたが、母は見舞いに来た時便所に僕を連れ込んで、饅頭を食べさせてくれました。臭い便所で饅頭を食べながら、背徳感に包まれつつ、良心とは異なる母の哲理のようなものが伝ってきました。


■人に伝える絵を描く

――疎開先でも絵を描いていたそうですね。

疎開先から家に「元気です」という絵葉書を送ったのですが、文章では埋められず、「今日のおやつは、芋でした」「茹でた落花生でした」と、絵を描いていました。人に理解されるように絵を意識的に描いたのは、この疎開先での経験がはじまりかもしれません。落花生はなかなか難しいんですよ。

――最近はマジョリカマジョルカとのコラボ「マジョリ画」という似顔絵のウェブサイトやパッケージ制作など、多彩なメディアで表現されていますね。

昔は写真とイラストを合成するのにも、手間がかかりました。いまはコンピュータで簡単にできるから、幻想的なことが自由にできるようになり、可能性は広がったということでしょう。いろいろな切り口で面白がってもらえるのは、とても嬉しいです。

――新しいファンの方が増えそうですね。

「おもしろかった」と思ってくれた人が、絵本を買ってくれるといいですね。僕自身は絵本の可能性にどんどん踏み込んでいきたい。絵本がもっと面白いと思われて、みんなの好奇心を受け止め、僕は僕で、いろいろな作家と組んで本の仕事ができたらいいな、と思っています。

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宇野亞喜良さん

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「ちょっと待って!」『おばあさんになった女の子は』より 紙/色鉛筆・水彩 230×367mm



12月20日より伊勢丹新宿店本館5階=アートギャラリーでは、宇野亞喜良の絵本原画展「宇野亞喜良展《絵本の城》」がスタートする。本展では、宇野亞喜良が約10年程前に手掛けた二つの絵本、『白猫亭 追憶の多い料理店』(小学館)、『おばあさんになった女の子は』(講談社)の原画約60点、版画約10点に加え、書籍や本展初出しとなる「宇野亞喜良 描き下ろし絵柄2017年イヤープレート」などが出品される。ぜひこの機会に、宇野亞喜良の絵本の世界を堪能していただきたい。

【展覧会情報】
■宇野亞喜良展《絵本の城》
会場:伊勢丹新宿店本館5階=アートギャラリー
住所:東京都新宿区新宿3-14-1
会期:12月20日~24日
時間:10:30~20:30

■作家来店サイン会
日時:12月23日 14:00~17:00
※12月20日より額装品・カレンダー購入者、先着100名を対象にサイン会整理券を配布。
※サインの対象は、会場で購入した作品またはカレンダーに限る。

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《永峰美佳》

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