黄八丈「八丈島の自然と歴史が刻まれた染織」山下芙美子さん&誉さんに会いに。後編【ENcounter vol.1】

2015.10.03

惜しみない手間と時間をかけて黄八丈の比類なき染織は生み出される。絶海の島で与えられた自然を受け止め、知恵と技が織りなす美しい黄八丈が生まれる理由とは。八丈島で黄八丈の工房を営む、山下さんご夫婦へのインタビュー後編。

ー少し話は変わりますが、海外では黄八丈にどのような反応があるのでしょうか。

フランスで「天然染料顔料会議」という天然の草木染に関する世界的な会議があります。誉さんと夫婦で参加したのですが、その時、着物パリの地下鉄に乗りました。その地下鉄で一緒になった男の子に、一緒にいたおばあちゃんが私の着物を指差して「これが着物だよ」って教えてあげてたんです。そしたら、その男の子が眼をまんまるにして「ジャポネ?」って聞いたの。だから私も「ウィ」って答えたんだけど、その続きがフランス語で話せなくて…。もし、その子に「これは草や木の皮で染めたのよ」って話せたら、その子が興味を持ってくれたかもしれないなと思うと、すごく悔しかったですね。良さをきちんと語り伝えていくことは大切なことなので。

ー海外でも草木染めはありますが、日の草木染とは違いがあるのでしょうか。

海外の草木染は、普通の化学染料みたいに木のチップからエキスを抽出して染料にします。日本の草木染めのようにコトコト煮出す手法とは違いますね。それに、海外では洋服を染めるから、洗濯もするし、痛んだら捨ててしまうということもあります。でも、日本の場合は着物を染めているから、大事に次の代、次の代へと継いでいくことを考えているでしょ。だから、染めの技法一つとっても、海外の染めとは違いますね。

ー黄八丈の草木染めの技術や、細やかな織りの技術もそうですし、日本にある素晴らしい文化を海外にも伝えていけたら素敵ですね。それに、きちんと伝えることができたら、海外の方こそ良さを認めてくれる時代ですよね。

本当にそう思います。海外の方に、黄八丈が作られる工程をお伝えすると、心底驚いてくれます。毎年10月の最終日曜日に「銀座で黄八」という黄八丈を着て銀座の街を歩くイベントを行っているのですが、銀座には外国人の方も多いですし、みなさん注目してくださいます。

ー先程、天蚕(てんさん)という天然の蚕から紡いだ糸だけで染織されたお着物を拝見させて頂きました。透き通った青みがかったグリーンが綺麗ですね。とても、一つの素材から作られたとは思えない程、奥行きがあり表情があり、記憶に鮮明に残る色柄です。

天蚕は外にいるでしょ、だから鳥が近くを通ったりすると糸を吐く口を1度止めてしまいます。それから、また違うところから糸を吐くので、あんなに大きな繭なのに、あまり糸がとれないんです。糸を紡ぐときに、長く引っ張れないので、手間もかかります。染めに至っても、天蚕で色をのせるには30回近く染めの作業を繰り返さなくてはいけません。

ー糸はなかなか紡げない、量も取れない、さらには染めにも手がかかる。そんな手間暇をかけてでも、天蚕で染織をされるのはなぜでしょう。

もともと黄八丈では15回、20回とか染めているので、それが30回になっても大して変わらないというのもありますね。天蚕は染まらないって、昔から言われているけど、それは普段1回で染めている人が思っていること。普段1回で染めている人に、30回染めろと言っても出来ないの。確かに、手間はかかるし、染まりにくいけど、染めの回数を重ねれば染まるのよ。

ーその手数の多さをいとわないからこそ、黄八丈にしか生み出せない美しい色柄があるんですね。それでも、面倒に思ってしまうことはないんでしょうか。

(少し考えてから)…苦になることはないですね。苦にならない。結局、好きなんですよね。もし、面倒で手のかかる糸だったら「私が織らなくてどうする」っていう気持ちになります(笑)。

ー誉さんも、毎日ことこと草木で糸を染め、天日に干すという工程を繰り返されています。染めに使う草木を育て、刈り取り、毎日新しい染料で染めていく。さらには媒染のための灰汁などもすべて手作業で行っているのですよね。

私達がやっていることは、全然高度な技術ではないから、よい加減でやっています。あとは出たとこ勝負ということもあります。自然との作業なので、偶然の産物も多いですよ。とにかく、手を動かしてやってみることなんです。

ーなるほど。芙美子さん、織りも同じなのでしょうか。

織もそうですね。やりたいと思った表現があったら、せっせと織りを計算してやる。それは苦にならないですね。いろいろと織ってみれば、いろんな表情を出してくれる。与えられたものを受け止め、創意工夫を重ねていく。それが黄八丈なんです。

【編集後記】
今日も八丈島に、黄八丈を織る音が響いているのだろう。染織の技術も去ることながら、絶海の島で与えられた自然を受け止め、先人からの技と心を受け継ぐことで生まれた黄八丈。その美しさを眼の前にすると、ただただその奥深さに引き込まれてしまう。本物がもつ力強さと品格がそこにある。「黄八丈めゆ工房」では、随時見学を受け付けてくれる。ぜひ、あの場所で天日に揺れる絹糸の醸し出す香りに触れ、織機から響く力強い響きを感じて欲しい。

【黄八丈めゆ工房】
東京都八丈島八丈町中之郷2542
電話:04996-7-0411

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Shigematsu Yuka
  • 染めては干しという作業を、幾日も繰り返して黄八丈は染められる
  • 日中は工房の庭先で、絹糸は揺れる
  • 工房の猫は、居心地のよい場所をしっているよう
  • 樺染に使うマダミの樹皮
  • 媒材を入れると茶色の絹糸が一瞬にして、鮮やかな黄色に変化する
  • 工房では、幾つもの織機で黄八丈が織られていく
  • 芙美子さんは「無心で織って」といつも話しているそう
  • 力強い音を響かせながら黄八丈を織る
  • 八丈島から江戸幕府に納める黄八丈の見本帳「永観帳」を平成になって復元した「平成永観帳」
  • 八丈島から江戸幕府に納める黄八丈の見本帳「永観帳」を平成になって復元した「平成永観帳」
  • 艶やかな色合いの黄八丈の反物
  • 僅か3色で織られているとは思えない程、豊かな意匠が生み出されていく
  • 黒染の工程の一つ、泥染を行う島内の場所
  • 泥染に使う泥には鉄分が多く含まれており、手に取って匂いを嗅ぐと鉄の匂いがするほど
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